【ジャーナリスト・佐々木俊尚】デジタル社会を生き抜くアナログ快眠法

毎日新聞社、株式会社アスキー(現・株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス) アスキー編集部を経て、現在はフリーランスの作家・ジャーナリストとして活躍する佐々木俊尚さん。ツイッターのフォロワーは72万人を超え、テクノロジーと現代社会をテーマに日々さまざまな情報を発信し続けています。そんな佐々木さんがどんな快眠アプリより効果的だというのは、意外にも“アナログ”な快眠法。佐々木さんが考える、デジタル社会に生きる現代人が実践すべき、心地よい眠りを得るための生活の秘訣とは一体どんなことなのでしょうか?

 

睡眠2時間の過酷な生活。事件の最前線に飛び込んだ新聞記者時代

(佐々木俊尚)睡眠2時間の過酷な生活。事件の最前線に飛び込んだ新聞記者時代
1988年、26歳で毎日新聞社に入社した佐々木さん。社会部の事件記者だった1994〜97年は、地下鉄サリン事件の前日に起こった、オウム真理教東京総本部への火炎瓶投てき事件に居合わせたり、在ペルー日本大使公邸占拠事件では、現地で武力突入を目の当たりにしたり、大事件を追う多忙な日々を送っていたといいます。

 

「警視庁を担当していたころが一番忙しかったですね。毎日朝5時に家を出て、警察関係者が朝、自宅から出かけるのを待ち構えて話を聞く『朝駆け』をして、記者クラブにそのまま出勤。夕食の後は、警察関係者が帰宅したところをつかまえる『夜回り』をして、帰宅するのは深夜2時でした。家に帰っても風呂に入るだけの生活で、睡眠は2時間程度でしたね」

 

そのため、睡眠不足で「1日中起きているのか寝ているのかわからない状態だった」という佐々木さん。車の移動中に寝たり、昼間の空き時間に記者クラブのソファで仮眠をとったり、細切れで寝るのが習慣になっていたそう。また、睡眠時無呼吸症候群にもかかっていたといいます。

 

「人間の生活とはいえなかった」と振り返る過酷な毎日。そんな生活を続けているうちに、佐々木さんは脳腫瘍を患ってしまいました。

 

「会社を3ヵ月休んで手術しましたが、その間に糸が切れたようにやる気がなくなってしまい、新聞社を退職しました。その後、アスキーに転職し、パソコン雑誌の編集の仕事を始めたのですが、当時は『なんで事件記者がパソコン雑誌に?』と、いろんな人から驚かれました。でも、そのころはちょうどインターネットバブルの時代だったので、そちらの世界に興味が出てきたところだったんです」

 

しかし、編集の仕事を始めてからも潰瘍性大腸炎、心臓病と大病が続き、身体はボロボロに。

 

 
「それまでの不規則な生活が原因でしょうね。社会部の記者は長生きできないといわれているんですよ。記者OBの死亡平均年齢を調べたら61.3歳だったという話もあるほど。あのままいっていたら、僕は死んでいたかもしれませんね」  

 

深刻な体調不良に陥っていた当時の佐々木さんが、健康を取り戻し、よく眠れるようになった転機とは…?  

 

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佐々木俊尚さん

インタビュー

佐々木俊尚さん

1961年兵庫県西脇市生まれ。作家・ジャーナリスト。毎日新聞社入社後、警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、海外のテロ事件やオウム真理教事件など、日本の歴史に残る数多くの事件取材に当たる。1999年、株式会社アスキー(現・株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス)に移籍し、月刊アスキー編集部デスクを担当。2003年退職し、フリージャーナリストとしてIT分野を中心に取材、執筆活動を行っている。著書には、『そして、暮らしは共同体になる。』『いつもの献立がごちそうになる! 新・家めしスタイル』など多数。


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