「最高級マットレスに勝る極上の寝心地」JAXA宇宙飛行士・油井亀美也さんが語る宇宙空間での睡眠事情

「元・自衛隊員」という異色のキャリア。2009年、39歳で宇宙飛行士選抜試験に合格した油井亀美也さんは、2015年に第44次/第45次フライトクルーとして、有人施設・国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在ミッションを果たした。現在も多方面で活躍する油井さんだが、自衛隊時代や宇宙飛行士養成期間中、また、宇宙空間ではどのように眠っていたのか。気になる宇宙飛行士の睡眠事情について話を聞いた。

夢は人に話すべし 妻が開いてくれた宇宙飛行士への扉

自衛官出身では初の宇宙飛行士となった油井さん。小さなころから抱いてきた宇宙飛行士という夢を叶えるまで、決して順風満帆な道のりを歩んできたわけではなかった。

「私が自衛官になったのは、経済的な理由からでした。実家のレタス農家を継ぐか、授業料が免除される防衛大に進学するか。当時、二者択一の状況に直面していました。結果、防衛大学に進学しましたが、正直、勉強に身が入らない状態でした。果たして、自衛官から宇宙飛行士への道が拓かれるのだろうか、疑問を抱いていました」

モチベーションをなくしている油井さんを見かねて、ある先輩がこんな言葉を掛けた。「今、目の前に与えられたタスクにがむしゃらに取り組みなさい。何かに一生懸命取り組めば、必ず進むべき道が見つかるから」

「その言葉は胸に響きました。そこで、まずは空のスペシャリストとして、航空自衛隊員になってパイロットを目指す。自衛隊の中での目標を決めたんです」

 

目標を設定すると、先輩の助言通り、おのずと将来への選択肢が広がっていった。アメリカ留学のチャンスを手に入れ、その留学中に出合った映画『ライトスタッフ』(1983)に、一筋の希望を見出したという。

「この映画は、航空機の性能限界を試験するテストパイロットたちが、宇宙飛行士として優れた資質を身につけ、宇宙を目指す物語だったんです。原題の『The Right Stuff』とは、“正しく優れた資質”を意味しています。私もテストパイロットになれれば、自衛隊員から宇宙飛行士への道が開かれるかもしれない。そんな可能性を感じ、胸が躍りました」

テストパイロットは、パイロットの中でも極めて優秀な人しか選ばれないポジションだ。さらに、テストパイロットたちをまとめる飛行隊長は、トップ中のトップという存在だったが、油井さんはそこを自身の目標に定めた。

「戦闘機パイロットから、より高度なスキルが求められるテストパイロットへの道を選ぼうとした時、妻に嘆かれました。『なぜ、さらに危険な道を選ぶ必要があるの?』と。そこで初めて、妻に幼少期からずっと抱いてきた宇宙飛行士への夢を語ったんです」

 

それから10年の月日が流れたある日、油井さんの妻・恭代さんが、偶然テレビで宇宙飛行士選抜試験の募集告知を知る。

「ちょうどそのころ、私は自衛官としての職務に追われていました。司令部に泊まり込み、床の上でかろうじて仮眠を取るような生活が続いていたんです。宇宙飛行士への夢を諦めていたわけではありませんでしたが、自分の将来にエネルギーを向ける余裕がなかった。あの時、妻が私の背中を押してくれなかったら、宇宙飛行士になる夢をつかむチャンスを逃していたかもしれません」

油井さんはその後、約1000名の応募者の中から見事、宇宙飛行士選抜試験に合格。当時、39歳。油井さんは、自らつけたという「中年の星」というキャッチフレーズを、今でも気に入っていると語る。

 

 

過酷なスケジュールの時こそ、睡眠を削るべからず

これまで自衛隊員として、また、宇宙飛行士としてミッションを果たすために、数々の訓練をくぐり抜けてきた油井さん。過酷な状況下で、どのように睡眠をとっていたのか。

「極限状況下での睡眠で思い出されるのは、自衛隊時代の夏の行軍訓練です。24時間以上、休みなくただひたすらに山道を行軍するんですが、だんだん意識が朦朧としてきて、ハッと気がつくと前を行く隊員の背中にぶつかって目が覚めるんです。歩きながら寝てしまうぐらいの状態でした」

それでも、自分がリーダーとして先頭を歩く立場になると、途端に目が冴えて意識がクリアになったという。

「責任感が芽生えると、スイッチが切り替わるんでしょうね。どのようにみんなを引っ張って行けばいいか、時にはリラックスさせるため、冗談も口にできるほどの余裕も生まれました。自衛隊での訓練のおかげで、宇宙飛行士養成のための訓練でも、多少のことには音を上げない体力と精神力が鍛えられたと思います」

とはいえ、宇宙飛行士養成のための訓練も、自衛隊時代と負けず劣らずの過酷さが待ち受けている。マイナス25度、ロシアの極寒の地でのサバイバル訓練は、宇宙船が地球帰還時に冬山に不時着し救援到着を待機する場合を想定したものだった。

「極寒の状況下で野宿をし、3日間生き延びなさいというミッションなんです。パラシュートでテントを作ったり、焚き木で火を起こしたり。この訓練は、さすがにきつかったですね(笑)。ほかの隊員はあまりの寒さに眠れず苦しんでいたようでしたが、私はそんな状況だからこそ、眠らなければと強く思っていました」

 


▲筑波宇宙センター内の展示館(スペースドーム)

忙しい時こそ、過酷な状況下でこそ、睡眠を確保する。それは、自衛隊時代に叩き込まれた教訓だった。

「ギリギリの環境で睡眠をとらずに仕事をしたことで、判断力が鈍り、パフォーマンスを落とさざるを得ない苦い経験を何度も味わいました。眠りの大切さを身にしみて実感できたことは良かったと思います。幸い、自分はどんな場所でも、どんな状況でも数秒で眠りにつけるタイプです。理想的な睡眠時間は7時間、最低でも6時間は確保できるよう努めています」

 

 

宇宙での睡眠って? 無重力空間での極上の眠り

場所や環境を問わず眠れるという油井さんだが、国際宇宙ステーション(ISS)の中ではどのように眠っていたのか。

「ISSは、地球を約90分で1周します。90分ごとに地球の昼側と夜側を半分ずつ通るので、朝と夜がめまぐるしく入れ替わっていくんですね。24時間刻みの地球時間に当てはめると、1日に16回、朝と夜が訪れます。体内時計を整えるためには、基準となる時間を決める必要があり、ISS内では世界標準時(協定世界時UTC)を採用しているんです。朝と夜が日本とは逆になるものの、1日のリズムは地球にいるときと同じです」

ISS内は窓が少ないため、夜はシャッターを閉めることで真っ暗な空間をつくりだすことができる。逆に日中は照明をつけ、明るい空間を昼として身体に認識させる。続いて、肝心の睡眠環境についても聞いてみた。

「宇宙の無重力空間では、基本的に地球のような上下感覚がありません。睡眠中、四方の壁にやんわりとぶつかることはありますが、フワフワと浮いたまま眠ることだってできるんです。私の場合はそれでは落ち着かず、壁と寝袋の1箇所を紐で結んで、どこかに飛んで行かないようにしながら寝ていました」 

 


▲キューポラ(観測窓)でポーズをとる油井宇宙飛行士 (C) 宇宙航空研究開発機構(JAXA)

フワフワ浮遊型を好む油井さんとは対照的に、電話ボックス程度の大きさのプライベートスペースに寝袋を入れ、紐やゴムベルトなどで身体をしっかり縛りつけて眠る宇宙飛行士さんもいる。無重力空間に身体を浮かせながら眠る感覚は一般人では想像がつかないが、その寝心地とは……。

極上の寝心地ですよ。地球上のどんな最高級マットレスも、無重力ベッドの快適さには敵いません(笑)。人間は、初めて無重力状態に入ると身長が平均2~3cmほど伸びるんです。その間は、少し背中に痛みが生じますが、その痛みが収まると、あとはまったくのノンストレス状態に身を置くことになります。重力の負荷がかからないので、脚もむくまないし、胃などの内臓が身体の上部に持ち上がるからウエストも細くなる。浮遊して眠ると、身体のどこにも負担がかからず、寝返りを打つ必要もない。私にとって宇宙は、最高の睡眠環境でした」

 

 

いつの日か叶えたい…火星到達への夢


宇宙では毎日、無重力ベッドでの眠りを堪能していた油井さんだが、地球帰還直後には別の視点から睡眠の効用を再認識したという。

「地球に帰還して重力空間に身を置いた直後、宇宙飛行士はまっすぐ歩けなくなるなど、誰もが身体の平衡機能(バランス感覚)を失います。そこで、基本的な歩行訓練から始めて、6週間リハビリを行います。このリハビリは想像以上に大変ですが、トレーニングの合間に1時間でも仮眠を取ると、頭も身体も地球での感覚を取り戻すんです。これまで、短時間の睡眠が重要だと認識したことはありませんでしたが、たった1時間もしくは30分でも、眠りには効用があるんだということをあらためて実感しました」

 

基本的に寝つきがよく、眠りについては悩み知らずな油井さん。最後に、今後の夢について話を伺った。

「やはり、もう一度宇宙に行きたいです。2019年末には、野口聡一宇宙飛行士が3回目の宇宙滞在に出発します。JAXAの定年は60歳なので、そういう意味でのリミットはあるかもしれませんが、宇宙飛行士自体は、肉体的に鍛えてさえいれば、年齢制限がありません。私は小学校6年生の卒業文集に『いつか火星に行きたい』と書いたんです。その夢が実現できる日が来れば嬉しいですね」

油井さんはこれまで、壁にぶつかっても、ベストな目標を見つけ、そこに向かって突き進んできた。「どんな状況でも、最大限にパフォーマンスを発揮するためには、眠ることが大切だった」と語る油井さん。「良く活動し、良く眠る」というシンプルな眠りの法則を守り、いつか夢見た火星へ向けて、今日も思いを馳せる。

 

 

油井 亀美也 | 宇宙飛行士

1970年生まれ。1992年に防衛庁(現 防衛省)航空自衛隊入隊し、2009年、JAXAよりISSに搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜される。同年、JAXAに入社し、2011年にISS搭乗宇宙飛行士として認定される。2015年にISS第44次/第45次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに約142日間滞在。滞在中は、日本人初の「こうのとり」のキャプチャを遂行。「きぼう」船内に新たな利用環境を構築するとともに、21に及ぶJAXAの利用実験活動を実施した。

 


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