毎週日曜夜10時に公開されるナイト・エッセイです。あしたから職場へ向かう皆さんに、おやすみ前にぴったりな読み物をお届けします。

光について

 

 夜に外を出歩いていて、ふと通りすがりのマンションを見上げる。そしたら、いろんな部屋に光が灯っていることがわかる。その瞬間、ちょっと不思議な感覚にならないかな。光の数だけ、誰かの生活がそこにはある。

 

 一つ一つの部屋に誰かが住んでいて、その一人一人に青春があって、いろんな悩みや喜びを経て、今その部屋で何かをしている。その膨大な数。そのほとんどに触れることもなく、すれ違うことすらせず、ぼくたちは生きていく。

 

 

 夜景を見て、「きれいだな」と感じるのも、そういうことなのかもしれない。

 光の一つ一つに、誰かがいる。そこに人生がある。夜のなかに浮かぶ光に、ぼくたちは安心している。距離は近くても決して交わることのないその光に、確かな息吹を感じながら。

 

 考えてみたら、ぼくたち人間はどうやら、光を見ることが好きなようだ。星の瞬き。流れ星への願い。

 ある日本の偉大な小説家が、「I love you」を「月がきれいですね」と訳したという。これがほんとうかどうかはわからないけれど、そこに流れる抒情は理解できる。でも、なんで月はきれいなんだろう。ただそこにあって、光っているだけなのに。

 

 ぼくたちはたびたび、ふと思い立って旅行することがある。駅のプラットフォームや空港のラウンジで、これから起こることに思いを馳せて、心が飛び跳ねていく。

 「観光」は光を観る、と書く。いつもの日常から離れて、少しの不安を抱えながら、ぼくたちは「光」を見に行く。

 旅先の美術館に立ち寄り、まばたきをすると滲んでくる。天使の降臨。フェルメールの光。エドワード・ホッパーの街灯。

 異国で見る太陽はなんだかいつもよりオレンジ色な気がして。カフェのテラス席でコーヒーを飲んでいると、地面がまぶしくて。そして、夜がやってくると街が光っていて。溶けて消えていくまどろみの奥。

 

 ぼくたちが住むこの宇宙は、そのほとんどが真っ暗闇だ。空気も温度もなく、ただ暗闇が広がっている。ぼくたちがこの星でかろうじて生きていられるのは、光があるからにほかならない。

 ゲーテは死の間際に、「もっと光を」と言ったという。この言葉が意味するほんとうのところは、わからない。でも、この言葉を引用する人たちが伝えたい情感というのはよくわかる。そうなんだ、もっと光がほしいんだ。

 

 さて、今あなたが見ているこのサイトの名前は「フミナーズ」。睡眠をテーマにした情報サイトだ。でも、「寝る」というのは、いったいどういうことだろう? 睡眠というのは、必ず起床とセットになっている。夜中、ベッドに入って眠りに落ち、朝起きて、カーテンを開ける。そのときに飛び込んでくる、太陽の「光」。起きるっていうのは、光を感じることだ。

 

 かつて人類がまだ文明を築いていないころ、カーテンも屋根もない場所で寝ていた(はず)。その時代には目覚まし時計もない(たぶん)。夜が訪れて目をつむって、眠りに落ち、何度も寝返りを打って、ふと目覚めるときにまず感じるのは、光のまぶしさ。

 

 ああ、また太陽が昇ってきたと、その暖かさを目分量で感じて、東の方角にぼんやりと視線を向ける。

 さっきまで見ていた夢が太陽と混じり合い、夢の続きが光となって瞳のなかに吸い込まれていく。

 そのときに湧き上がってくる感情はきっとこうなんだろう。
 もっと光を。

 

 

 

菊池 良

執筆

ライター

菊池 良

1987年生まれ。2017年に出した書籍『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)が累計15万部。そのほかの著書に『世界一即戦力な男』がある。


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