毎週日曜夜10時に公開されるナイト・エッセイです。あしたから職場へ向かう皆さんに、おやすみ前にぴったりな読み物をお届けします。

更新する彼女、道具としての僕

 

 彼女と最初にセックスをしたのは代々木上原にあるマンションのゴミ捨て場だった。行為後、彼女はパンストの伝線をチェックしながら、このマンションは元カレと4年間同棲していたマンションだと僕に教えた。なんて人だ。

 

 19時
 代田橋駅
 南口にて

 

 仮に第三者がこの事務的なLINEを覗き見たとして、僕らの関係に気付く人はどれほどいるのだろうか。帰宅ラッシュの京王線で6歳上の彼女が住む街へと向かいながら、今日もまた道具で終わるんだろう、と憂鬱になる。

 

 1月終わり頃、僕の30回目の誕生日を祝う当たり障りのないメッセージからこの人との関係は始まった。3年半に及ぶ恋愛が散ったばかりだった僕は、この恋愛がいかに美しく尊いものであったか、自分はどれほど傷ついたのかを、もつ鍋屋で熱弁した。そしてその晩、彼女は僕を代々木上原へ連れて行き、彼女が元カレと暮らしていたマンションのゴミ捨て場で僕らは素敵なセックスへと至ったのだった。

 

 よく使う商業施設の非常階段、学生時代アルバイトしていたカラオケボックス、飼っていたハムスターを埋めた公園。毎回彼女は自身の過去に関連する場所や普段からよく行く場所へ僕を連れて行き、そこで行為に及んだ。これまでそういった性癖を持った人間に出会ったことがなかったため最初は戸惑ったが、歪みなんておかまいなしに僕は彼女の身体を貪った。

 

 己のカタチにくり抜かれたケースに居心地良さそうに納まる勾玉のように、僕は生まれて以降長い間見失っていた「納まり先」をようやく見つけた気分だった。付き合いたての学生カップルに負けじとばかりに、濡れた納まり先へ執着していた。

 

 

 駅前に着くと、気立ての良い上品なコートを着た彼女が手を振り僕に近づいて来る。この人が住む街に降り立つのはこれがはじめてだ。久しぶりに彼女を見るや否や、適当な理屈をほざいてその身体をいち早く触りたかった。彼女は慣れた足取りで古い商店街を先導し、とあるスーパーの前で足を止める。あまりに急に止まるから、あやうく彼女の後頭部にアゴをぶつけるところだった。

 

 「ここ、いつも使ってるスーパー」
 「入るの?」
 「ちょっとだけ」

 

 彼女に言われるがまま、手を繋ぎスーパーの中を歩く。夕方のピークを過ぎた店内は客もまばらだった。奥には鮮魚コーナーがあり、中年の男性客が値下がりしたパックの刺身をひとつひとつ指で押しながら吟味している。魚はやがて牛肉へと変わり、鮮やかな赤とピンク色の精肉コーナーが広がった。ここ一帯は、牛乳のような、重くまったりとした匂いがした。

 

 このスーパーは毎週月曜日になると豚バラ肉が馬鹿みたいに安いとか、一方であまり良い野菜が置かれていないのは青果担当の怠慢だとか、右から二番目のレジ打ち担当の態度がいつもひどいとか、彼女は僕のほうを見ないでひとりしゃべっている。

 

 それがこの人なりの前戯であることは理解しているが、僕はそれどころじゃない。彼女が住む街のスーパーで手を繋いで歩くなんて、さすがにあぶなすぎる。彼女を知る誰かに見られるのではないかと、そわそわ落ち着かなかった。例えば、彼女の旦那さんとか。

 

 「ドキドキする?」
 「ここは無理だって」

 

 彼女はいつもより大げさに笑った。その笑い方がまた僕をイラつかせる。人気のないペット用品コーナーで僕の内股に手を這わせてきたが、その手を払う。今回ばかりは自分でも情けなくなるくらい彼女に腹を立てていた。毎日使う近所のスーパーでセックス。さすがにイかれてる。いや、たしかにエロいけど。

 

 この人は僕を困らせたいわけでもなく、スリルを楽しんでいるわけでもなく、冷めきった旦那さんへ復讐をしたいわけでもない。ただただ、自分自身を取り巻く日常や過去の思い出たちを邪険に扱い、なんでもない存在である”僕”で雑に上塗りして楽しんでいるだけだ。

 

 いや、もしかしたらこうすることで代わり映えのない日常をこの人なりに謳歌している可能性はある。しかしどちらにせよ、彼女にとって僕は“道具”でしかないのだ。その道具が腹を立てたところで、改めて僕に恋心を持つはずはない。きっと代わりだって他にいるのだろう。もしかしたら僕のあとを上塗りする要員すら控えているかもしれない。

 そんな虚しさをいち早く払拭させたくて、僕は口走った。

 

 「今度、ごく普通のデートがしたい」
 「たとえば?」
 「……神社に行くとか」

 

 ドッグフードたちが見守るなか僕が情けなくそう言うと、彼女は「なんで神社?」と少しだけ笑い、すぐ真顔に戻った。

 

 「かまわないけど……その神社、後日他の人と使ってもかまわない?」

 

 

サカイエヒタ

執筆

株式会社ヒャクマンボルト代表

サカイエヒタ

ライター、編集、漫画原作など。著書に「かぞくとわたし」(KADOKAWA)。奥さんと娘2人と猫2匹と一緒に暮らしている。

Site: http://1000000v.jp/


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