毎週日曜夜10時に公開されるナイト・エッセイです。あしたから職場へ向かう皆さんに、おやすみ前にぴったりな読み物をお届けします。

「食事が出来た」と知らせる機械が、僕を呼ぶ

 サービスエリアのフードコートでチャーシュー麺を待ちながら、回りくどく話す母親の電話にイラついてしまったことを反省する。

 静岡に住む叔父が体調を崩してからというもの、母親からかかってくる「時間があるなら顔見せに行ってあげて」という電話を煩わしく感じていた。「なに、そんなに叔父さん悪いの?」と聞くと「そんなことはないみたいだけど、最近会ってないでしょう」と返される。

 そもそも僕は、母親の兄である叔父のことをあまり良く思っていなかった。小さい頃は親に連れられ、叔父の家に行くのが楽しみであった。しかし僕が中学生の時、酔った叔父が母親に汚い言葉で当たる様子を見てからというもの、叔父の家に率先して遊びに行くことはなくなっていた。それに母には申し訳ないが、ちょうど僕はとても忙しい時期を迎えていて、正直言えば「かまっていられない」状態なのだ。

 それでも僕はたまたま空いた平日の朝、往復5時間を覚悟し東名高速を使って車で渋々叔父の家へと向かった。自分の中に、母親に褒められたいという欲望がまだあることに少しだけ恥ずかしくなった。

 車を走らせながら、子どもの頃同じ道を父親が運転するワゴン車で向かったのを思い出す。たしか、いつも車内には母親が家から持ってきた菓子袋が兄弟の数だけ用意されていて、僕の菓子袋には必ずスルメが忍ばせてあった。僕がそれをしゃぶっていると母は「アンタはそういう珍味が好きだもんね」と得意げに言う。2時間半の道中、菓子が叔父宅に到着する前になくならないよう、僕ら兄弟は気をつけながらかじっていた。

 途中で寄る大きなサービスエリアも、静岡への旅の楽しみのひとつだ。一度だけ、父親のうっかりによりサービスエリアを超えてしまったことがあり、僕は2泊3日ちゃんと不機嫌に過ごした。そのくらいサービスエリアは大切な場所で、とくにフードコートがお気に入りの場所であった。

 そんなことを思い出しながら、僕はサービスエリアの看板を確認すると、直進を奨めるナビに逆らいハンドルを左に切った。

 フードコートにはたくさんのテーブルと椅子が並べられている。椅子を引いたり、テーブルを動かしたりする音がする。食事後にぼーっとしている中年男性がいる。小さな子どもの口にスプーンを運ぶ母親がいる。女子3人組が、身体を寄せあいながらひとつのスマホを覗いて笑っている。

 その周りをぐるりと囲むようにさまざまなお店が並んでいた。海鮮丼、トンカツ、ハンバーガーに皿うどん。その中から僕は「理想のチャーシュー麺」を探した。理想のチャーシュー麺とは、薄いチャーシューが6枚ほど乗ったラーメンだ。いつからか僕の中には理想のチャーシュー麺が存在していて、サービスエリアや旅先の食堂などでいつもこいつを探してしまう。特に好物でもないのだが、理想のチャーシュー麺を見つけなければいけない運命を僕は常に課せられていた。

 アルバイトのお姉さんに食券を渡すと、「7」番のシールが貼ってある小さな機械を渡される。僕の食事が用意されたらブブブッとお知らせするのがこの機械の役目だ。それをテーブルに置いて、紙コップの水をちびちびと飲みながらふと思う。この機械、名前がない。受信機? 呼び鈴? 考えたこともなかった。世の中のほとんどの物には名前が付いているはずなのに、僕はこの機械の呼び方を知らない。食事が出来上がる間のわずかな時間だけに使うものだから、誰も名前なんて気にしないのだろう。なんだかすごく不憫なやつだ。それでもきっと、このフードコートで働くアルバイトの彼らはなにかしら名前をつけて呼んでいるはずだ。世の中にはこの機械を作っている会社や人だっている。そうだ、そのメーカーのサイトを覗けば名前がわかるかもしれない。

 僕は不憫な機械の正式名称を知るために、スマホの検索窓に「フードコート 呼ぶ機械」「食事 出来上がり 機械」などと入力する。しかしなかなか見覚えのある機械にヒットしない。そもそも、なんて名前なのかわからないから、検索のしようがない。

 ブブブッブブブッブブブッ

 「食事が出来た」と知らせる機械がテーブルの上で小刻みに震える。またこいつの名前を知ることができないまま、僕はチャーシュー麺を迎えに行くことになった。

 ラーメンどんぶりの横にスマホを置き、右手で麺を持ち上げ、左手で器用にフリック入力をする。「いつものサービスエリアにいます。もうちょいで叔父さんのとこ着きます」。そう母親にメッセージを送ると、「了解」とだけ返ってきた。

 最後のチャーシューを名残惜しく口に運ぶと、「フードコート症候群」とでもいうべきか、謎のぼーっとする時間が訪れた。フードコート症候群を発症したものは、爪楊枝をくわえたり紙コップをテーブル上で回し続けたり紙ナプキンをちぎりながら、ぼーっと一点を見つめるのだ。僕も箸袋を限界まで折りたたみながら、遠くに座るファミリーを眺めていた。

 叔父は突然の僕の訪問に喜んでくれるだろうか。どんな顔をしたらいいんだろうか。そしてどんな風に別れればいいんだろうか。「また来るね」? 「がんばって」? 去り際のことを想像して、少しだけ気が滅入る。僕はなぜ叔父に会いに行くんだろう。なにかを精算したい? 謝ってほしい? 今さら会ったところで、お互いなにもメリットはないのに。

 ブブブッブブブッブブブッ

 誰かのテーブルの上で「食事が出来た」と知らせる機械が、僕の名前のない感情と共に小刻みに震えていた。

サカイエヒタ

執筆

株式会社ヒャクマンボルト代表

サカイエヒタ

ライター、編集、漫画原作など。著書に「かぞくとわたし」(KADOKAWA)。奥さんと娘2人と猫2匹と一緒に暮らしている。

Site: http://1000000v.jp/


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