毎週日曜夜10時に公開されるナイト・エッセイです。あしたから職場へ向かう皆さんに、おやすみ前にぴったりな読み物をお届けします。

三十路で出会う趣味は尊い

 久しぶりに同年代の友人たちと会う機会があったので、レモンサワーを片手に「30歳以降に出会いハマったもの」をみんなに聞いてみた。

 

 というのも、僕は仕事に限らず苦悩や努力するほど熱中しているものがないのが長年のコンプレックスなのだ。10代の頃からさまざまな趣味にタッチしてきたが、結局ベースはリサイクルショップに面倒見てもらったし、一眼レフは試し撮りだけして物置に眠っている。自分は飽き性なのだと痛感してからは、チャレンジすることすらしなくなっていた。でも、なんとなくなにかを始めたいという気持ちが最近また芽生えてはじめていたのだ。

 

 37歳の友人たちから出てきたのは「ボルダリング」「ハンドボール」「沖釣り」「ピザ作り」「サックス」といった趣味たち。高校時代、原チャリを改造することだけが生き甲斐だった元ヤンの吉田が丁寧にピザを焼いてる姿を想像して笑ってしまった。

 

 「仕事も家庭も以前よりは落ち着いてきてさ、お金も少しは余裕ができて。自分にとって、なにが無駄でなにが大事なのかも分別できてきた。それに、まだまだ体力はあるし頭も若い。そんな三十路で出会った趣味って尊いよ」

 

 元ヤン吉田が名言的なことを言いたがるということは、この宴がそろそろお開きの時間だということだ。しかし、その通りだと素直に思った。ピザを焼かず壁も登らぬ僕は、彼らの話を聞きながら「みんなすげーなあ…俺にはなんもないや」と、わかりやすく焦ってみせた。焦り方すら不慣れとは情けない。

 

 しかしその一週間後、僕は御朱印という趣味にすっかりハマることになるわけで、いやはや新たな趣味のはじまりというものはいつも突然である。

 

 とある神社を取材するために、御朱印に詳しいライターさんと岐阜県に向かった。彼女が大事そうに持つ御朱印帳を覗かせてもらったら、ふわりとなつかしい墨汁の匂いがする。これも何かの縁だし、今後この神社取材は毎月やる仕事だからと、僕は取材先の神社ではじめての御朱印帳を授かったのだった。

 

 それからというもの、僕はプライベートでもひとり御朱印集めに奔走した。片道2時間かけて茨城の神社まで車を走らせる。それを御朱印ライターさんに報告し「勢い、素晴らしいですね」と褒めていただく。眠りにつく前に、明日仕事で向かう街にはどんな神社があるのか調べる。最初はその意味すらよく分からず参拝していた僕だが、長年の編集者としての経験が発揮され、念入りな下調べと執拗な現地取材を重ね夢中になっていった。境内に建つ古い灯篭の裏に知った人物の名を見つければ、思わず身震いした。自分なりに美しい参拝をキメると、嬉しくて頰が紅潮した。なんだか恋をしているみたいじゃないか。

 

 数年前から御朱印が女性のあいだでブームになっていることはもちろん知ってはいたが、これはたしかにハマる趣味だ。毎日さまざまな場所に出向く仕事に就いているひとには特におすすめする。東京には神社とコンビニとガールズバーがとにかく多い。

 

 ハマってから1ヶ月が経つが、僕が集めた御朱印は30を超えている。1日1社の現在のペースは少々ハイペースにも思えるが、そこはトランス状態のビギナーなのだからしかたない。それに、有人無人関わらず数だけでいえば、神社は全国に約8万8千社もあるのだ。全部まわるにはこのペースでも200年以上はかかる。更にお寺も加えれば向こう500年は楽しめる趣味だ。たのもしい。先進医療がもたらす超高齢化社会、どんと来いである。

 

 こんな感じで来月以降も突発的に、人狼にハマり、サバゲーにハマり、Vtuberにハマり、脱出ゲームにハマるのかもしれない。ブームであろうとにわかであろうと、なにかにハマれるということはまだまだ自分の頭と心に空き容量がある証拠だろう。イメージだけで食わず嫌いせず今後もいろいろ口に入れてみようと、天邪鬼な僕は珍しく思ったのだった。

 

 だって、元ヤンの吉田は言っていた。「三十路で出会う趣味は尊い」と。

 

 

 

サカイエヒタ

執筆

株式会社ヒャクマンボルト代表

サカイエヒタ

ライター、編集、漫画原作など。著書に「かぞくとわたし」(KADOKAWA)。奥さんと娘2人と猫2匹と一緒に暮らしている。

Site: http://1000000v.jp/


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