毎週日曜夜10時に公開されるナイト・エッセイです。あしたから職場へ向かう皆さんに、おやすみ前にぴったりな読み物をお届けします。

夢見る少女じゃいられないんだと思う

 夜だなあ、と思う。ああもう夜だ。日曜の夜だ。さっきまで金曜だった気がする。無敵じゃん! とコンビニで缶チューハイを買ったのは、本当についさっきだったのだ。おそろしい。

 

 残りわずかな日曜を、ベッドの上で未練たらしく齧る。仰向けでスマホをいじりながら、足はシーツ上の冷たい場所を探している。新規の冷やっこいスポットを見つけ、またぬるくなると次の冷やっこいスポットを探す。それを永遠に繰り返し、日曜はやがて月曜になっていく。

 

 いつからだろうか、僕は「眠る前の夢」を見なくなった。子どもの頃は、毎晩眠る前に夢を見ていた。実は僕、能力保持者だったらどうしようか。学校がロボットに変形して僕が選ばれし操縦者だったらどうしようか。放課後の誰もいない教室で香織ちゃんと二人きりになったらどうしようか。

 

 しかし宝くじは簡単には当たらないことも、憧れの女性たちは僕より六枚上手なことも、どんな窮地であれかめはめ波は撃てないことも知ってしまった僕は、そんな妄想なんてすっかりできなくなっていた。いま大事なのは、今期の利益と住宅ローンの返済と娘の予防接種だ。

 

 中学生の頃、僕は相川七瀬になりたかった。彼女のデビューシングル「夢見る少女じゃいられない」のCDを擦り切れるほど聴いていた中学生の僕は、相川七瀬になろうと本気で思っていた。

 

 月曜の朝礼で、体育館の壇上の校長からマイクを奪い取り、大声で「夢見る少女じゃいられない」を全校生徒の前で歌ってやろうと企んでいた。

 

 急に僕が歌い出したら、最初は生徒たちも戸惑うだろう。しかしサビに入る頃には体育館の全員が拳を突き上げ、僕の歌声についてくるはずだ。そんな生徒たちの熱に負けて、教師たちもやれやれと僕を認めることだろう。だってそれは「夢見る少女じゃいられない」だし、僕は相川七瀬だからだ。

 

 中学生の僕は、日曜の夜になると毎週この「相川七瀬病」となり、「ついに明日、本当にマイクを奪い取るぞ、俺よ」と身体を熱くしながら眠りについていたものだ。本当にギリギリだった。一度だけ、朝礼の最中実際に身体が列から離れ、壇上に向かおうとしたことがあった。駆け寄って来た担任の高田先生に「どうした?」と聞かれ、「き……気持ち悪いです」と嘘をつき未遂に終わった。

 

 今思えばかなり危ない中学生だったと思う。実行に移していたらと思うと鳥肌が立つ。きっと中学の同窓会にも呼ばれていないだろう。いや、どちらにせよ呼ばれていない。

 

 しかし、今からでも相川七瀬になれるんだよな、と、日曜の夜、シーツの冷やっこいスポットを探しながら思う。明日の代理店との打ち合わせ、僕が急に「夢見る少女じゃいられない」を歌いはじめたら、得意先はどんな顔をするんだろう。はたしてサビまで辿り着けるだろうか。はたまた契約書は無効となるのだろうか。

 

 日曜の夜は、何にでもなれた。ロボットの操縦者にも、孫悟空にも、相川七瀬にも。僕は明日、何になるのだろう。新規の冷やっこいスポットをさすりながら、僕は明日の僕に期待して、眠りにつく。

 

 

サカイエヒタ

執筆

株式会社ヒャクマンボルト代表

サカイエヒタ

ライター、編集、漫画原作など。著書に「かぞくとわたし」(KADOKAWA)。奥さんと娘2人と猫2匹と一緒に暮らしている。

Site: http://1000000v.jp/


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