プロフィール

仲良し夫婦お笑いコンビの夫の方フミナー
ほり太(ホロッコ)
仲良し夫婦お笑いコンビの夫の方フミナー
45歳男性。会社の起業とともに、仕事量と面倒くさい人間関係が一気に増え、フミナーに。夫婦お笑いコンビ「ホロッコ」の夫の方。夫婦仲良好だが、妻はグッスラー(ぐっすり眠れる人)の為、睡眠格差に悩む。重度のネゴター(寝言を言っちゃう人)でもある。オフィス北野所属。

マイ不眠DATA

  • 85
  • 5
  • なかなか寝つけんタイプ

 

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旦那さまの名前は“ほり太”。そしての奥さま名前は“こまり”。
ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をし、ごく普通の夫婦お笑いコンビになりました。
でもただ一つ違っていたのは、旦那様はフミナー(なかなか眠れない人)だったのです…!

 

そんなわけで、40代以上の方向けのご挨拶から始めてみました。夫婦お笑いコンビ「ホロッコ」のほり太と申します。
普段はキャパ50〜150ぐらいの劇場を中心に、夫婦仲良く「ほっこりコント」をやったり、「イチャイチャ漫才」をやったりしています。たまに深夜〜明け方(眠れない人の時間帯)のテレビ番組に出る事もあります。

 

そんな、家でぐっすり寝てそうな幸せ夫婦の夫(メガネ)の方が、なぜ眠れなくなったのか、そんな話を聞いてください。

 

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子どものころの僕は、グッスラー(ぐっすり眠れる人)だった。
もちろん、遠足の前の日に興奮し過ぎた、注射の前の日に怖がり過ぎたなどで眠れなかったことは、たま~にある。

 

思春期・青年期もグッスラーだった。
もちろん、面白い小説のやめ時が分からなくなった、夜中にお化け的なものが急に怖くなった、などで眠れなかったことは、たま~にある。

 

そんな僕が、大人になってフミナーになってしまった!
それは起業したことがキッカケだった。

 

1999年1月、こまりとの交際開始。同年3月、「ホロッコ」結成。同年5月、同棲スタート。そして、2004年10月に入籍し、「ホロッコ」は晴れて“夫婦”お笑いコンビとなった。そのおよそ2ヶ月後、僕は自分たちをマネジメントするための会社を立ち上げる。

 

実は、コンビ結成以来、どこの芸能プロダクションにも所属せず、フリーの芸人として活動してきた僕たちだったが、いつの間にか夫婦で主催するライブに、多くの仲間たちが集まってくれるようになっていた。彼らは当時こそ無名だったものの、現在はテレビなどで活躍していたり、売れっ子放送作家になっていたりと、才能豊かな人材ぞろいだった。

 

その活動を見守ってくれていたある人(仮にAさんとしよう)が、「会社作りなよ。作り方を教えるよ」と言ってくれた。Aさんは、以前は僕らの先輩芸人だったが、当時は実業家として成功していた。
そのAさんからの提案の数日後、これまた活動を見守ってくれていたある人(仮にBさんとしよう)が、「会社作りなよ。お金貸すよ」と言ってくれた。Bさんは有名メディアのプロデューサーだった。
AさんとBさんは、特に示し合わせていたわけではない。たまたま同時期に、僕らの周りに集まる人材に可能性を感じていたのだ。

 

占い、オカルトの類いを信じないぼくだったけど(そのくせお化けは怖い)、「さすがにコレってそういう流れなんじゃね?」と、イラッとくる若者風な心の声に押され、起業しちゃったのである。

 

本来、自分はトップに立つような人間ではないと思っていた。でも、「カリスマ性のあるトップを支える2番手(新撰組でいうところの土方歳三ポジション)ならイケる!」という自信ならあった。今思えば、おこがましく、おぞましい話である。

 

さてその2番手くん、結局会社のトップになると決まったとき、どう思っていただろうか?

 

Q)次の中から選べ

 

1.ウキウキした
2.ワクワクした
3.ドキドキした

 

正解は、「全部」である。そう、浮かれちゃっていたのである。

 

だが、実際の会社経営は、そんな生易しいものではなかった。
最初はお金も人脈もないため、運転資金を稼ぎつつ、会社を知ってもらうことから始めなければならない。そのためぼく自身、放送作家の仕事で稼ぐことにした。もちろん、新人作家が稼げる金額なんて、たかが知れている。とにかく大量に書く必要があった。そして、湯気が出るほど出来立てホヤホヤの会社を知ってもらうには、大量に資料を作って、テレビ局、ラジオ局、イベント制作会社に売り込みにいくしかない。必然的に、睡眠時間は削られていったが、眠気を感じる暇もなかった

 

そんな生活を続けること3年、大チャンスがやってきた。所属していた芸人が、とある番組をキッカケにブレイクしたのである。売れなければ売れないで眠れなかったが、売れたら売れたで、さらに眠れない日々がやってきた。午前6時頃から深夜2時過ぎまで、お仕事の電話が鳴るのだ。ちなみに、いくら芸能界とはいえ、普通はこんな時間に電話はかかってこない。そんな非常識な人は滅多にいない。だが、そんな非常識な人から電話がかかってくるほどの異常な状況に、僕らは置かれていた。ブレイクとは、そういうことだった。結果、まともに睡眠時間がとれなくなった

 

マネージャーとして彼らに付きそい、子どもの頃から見ていた超大物タレントとのお仕事や、業界の名物プロデューサーとの打ち合わせ、経済誌の表紙を何度も飾っているような実業家(さすがの福耳!)との会食など、プレッシャーのかかる現場が続いた。続いて続いて続いた結果、気がついたら時間があっても寝れなくなっていた…

 

…そう、見事フミナーの仲間入りをしたのである。

 

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そんなわけで、この連載で、起業したら寝れなくなった“不眠芸人”の日々を、皆さんにお伝えすることで、「ああ、こんなヤツもいるんだな」と共感してもらえたら幸いです。

 

【次回の記事】若者よ、眠りをなめるな!

 

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