プロフィール

narita
澤田ゆうすけ
夜に生きるバットマンをこよなく愛する知命フミナー
現実生活よりも夢のほうがリアルになってきて、どちらかといえば夢が現実になってほしいと願う50歳の無職独身。脱サラを機に、不眠を活かせる夜の仕事を渡り歩く。いまは深夜のウォータービジネスでアルバイトをしながら、いつかオールナイト営業のキノコ料理店を出すのが夢。午睡夕焼け覚えず、の日々を送る。

マイ不眠DATA

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  • ●●●タイプ

 

フミナーズ読者のみなさん、はじめまして。ただいま、無職・独身・不眠の三重苦を抱えている澤田ゆうすけ50歳です。どうやら、わたしは昔から「眠らなくてはいけない」「暗闇」という状況になると眠れなくなるようです。いまではどんな娯楽より昼寝が好きになってますが、それは退屈な会議や寝過ごせない電車のような「眠ってはいけない」状況だからこそ。そんな昼寝好きのわたしでも、幼い頃は「眠りなさい」と強制された時点で、昼寝さえも眠れない恐怖の時間になっていたのです。

 

あれは、忘れもしない保育園に入園した1年目のことです。お昼寝タイムはいつも眠れなくて、1時間も眠ったふりをするのが苦痛だったのを覚えています。

 

事件は、暑い夏の日のお昼寝タイムに起きました。起きていると先生に叱られそうなので、いつも眠ったふりをするわけですが、そうするとときどき尿意を催すことがあるんですね。でも、生まれつき内気で小心者だったわたしは、先生に「おしっこ!」と言える勇気もなく、いつも我慢してお昼寝タイムが終わるのをひたすら待つしかありませんでした。

 

しかし、ある日、一度だけがまんできずにおしっこを漏らしてしまったのです。自分的には目は覚めていたので、おねしょという感覚はなかったのですが、以来「おねしょ小僧」とあだ名で呼ばれることに…。仲良しだったはずの女の子に「おしっこしてみろ〜!」と電気アンマされたり、足をつかまれて廊下を引きずり回されたり…。「おねしょ小僧」の汚名のもと、さまざまなイジメを受け、おかげでわたしは登園拒否になり、母親を困らせる日々が続きました。

 

そんな「おねしょ小僧」だったわたしが、イジメを乗り越えたのは、運動会のかけっこで一番になったときからでした。「かけっこ」が「おしっこ」を凌駕した瞬間です。以来、女の子たちも、わたしをイジメるどころか、敬意の念をもって接するようになりました。そう、園児にとってかけっこで一番になることは、何事にも勝るヒーローの条件だったんですね。

 

かけっこのおかげで、おしっこ事件は一件落着したものの、夜は夜で、暗闇の中では眠れないという問題が残っていました(そして、50歳になった今日までそれは続きます)。
暗闇になると「宇宙に果てはあるのか?」「自分が死ぬのはいつか?」という心配事が頭をよぎって、怖くて眠れなくなるのです。宇宙が有限だったら、その外はなにがあるのか、考え出したら気がおかしくなりそうで…。わたしは6月生まれだったのですが、母親いわく、一番仲良しだった友だちのトシくんは12月生まれだったので、いつも「トシくんよりに先に死ぬぅ〜!」と叫んでいたそうです。幸い、わたしもトシくんもまだ生存中ですが……。

 

幼い頃はお昼寝タイムに眠れなくて「おねしょ小僧」の汚名を着せられたわけですが、50歳になったいまは、夜尿で眠れない日々を過ごしています。「五十にして天命を知る」ということわざがありますが、わたしにとって、おしっこと不眠はずっと切っても切れない関係にあるのだと、わが天命を知る50歳の夏でした。

 

次回は、わたしがだんだん犬になってきている事実を科学的に検証したので、その報告をしたいと思います。

 

【次回の記事】最近わたしは犬になりつつある。

 

  • 体験談は個人の感想であり、特定の効能・効果を保証したり、あるいは否定したりするものではありません。