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2007年、「19時前退社の励行」制度を導入し、話題となった大和証券グループ。指揮をとったのは、グループ本社会長(当時社長)の鈴木茂晴さんでした。市場の動向に合わせてめまぐるしく動く証券業界において、全社員が毎日19時には退社するよう促すという、思い切った制度は異例のこと。その導入の背景には、鈴木さん自身の“時間の使い方”への反省と、「仕事も遊びも一生懸命」という極めてシンプルな信条がありました。

深夜2時過ぎまで飲んで、朝7時には出社していたバブル時代

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鈴木さんは大和證券に入社後、計12年間、本店と3つの支店で個人営業を担当。その働きぶりは、当時の言葉を借りれば「モーレツ社員」でした。

 

朝の7時に出社し、家に帰るのは夜の12時過ぎというのが普通。当時は社員みんなが一点を見つめながら、一生懸命に坂を登ろうと頑張っていました。まさに司馬遼太郎の小説、『坂の上の雲』のような世界。今となってはブラック企業といわれるような働き方でしたが、うちだけが特別ということではなくて、あの時代、日本の多くの会社がそんな感じでしたね」

 

一生懸命だったのは仕事だけではありません。平日に同僚と飲み歩くことはもちろん、鎌倉支店に勤めていた頃の休日は、「支店の仲間たちと午前3時に早朝ゴルフに出かけ、その後はテニス。午後は逗子の浜に行ってヨット」というハードなスケジュールをこなしていました。

 

「仕事が充実しているからこそ、遊びも楽しく感じるのではないでしょうか。どちらか片方だけではダメで、そのバランスが肝心なのだと思います」

 

仕事も遊びもどちらも全力。では、“休息”はどのようにとっていたのでしょうか。

 

「朝早くから夜遅くまで全力で働いていたら、身体がもちません。営業で外出している合間に喫茶店に入って休んだり、昼寝をしたり、結局、どこかでサボりながらバランスをとっていましたね。そういう意味では、非常に効率の悪い働き方だったと思います」

 

さらに、時はバブル時代。毎日深夜まで飲むのが当たり前という生活だったそうで…。

 

「夜飲みに行くと、タクシーが捕まる深夜2時、3時頃にならないと家に帰れないわけです。それでも朝7時頃には出社していましたから、ほとんど寝ていなかったのでしょう。時間の管理も何もありません。若かったから身体ももっていたのでしょうが、一方で、効率が悪く、時間の管理ができない働き方に対する反省の気持ちもありました」

 

この時の反省が、後に会社の改革につながることになります。

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